中部支部(早化会)第9回交流講演会の講演要旨
2012年8月9日(木)に名古屋ダイヤビルで行われた東レ株式会社ACM技術部部長小田切信之氏の「化学の力が生み出した炭素繊維複合材料の現在社会への貢献」の講演要旨です。
「化学の力が生み出した炭素繊維複合材料の現在社会への貢献」の講演要旨
- 東レの3つのセグメントの事業概要の紹介があり、炭素繊維事業は戦略的拡大事業セグメントに含まれ、CO2排出削減とクリーンエネルギー化へのコアー技術として将来の東レを背負う事業として期待されている。
- 先ず炭素繊維の電顕写真により、その細さ5〜7μm(髪の毛の1/10程度)が紹介された。
炭素繊維の世界市場は昨年の実績でPAN系37KT/Y規模まで伸びた。1970年代より日米欧韓台で数社が製造を開始したが、半世紀弱の間に多くのメーカーが撤退と規模縮小を余儀なくされ、現在では生き残った日本企業3社(東レ、東邦テナックス、三菱レイヨン)が世界の70%近いシェアーを占めている。
- 東レは、グローバルワイド(日米仏独韓)に炭素繊維の原糸からプリプレグ(中間基材)、コンポジット(自動車、航空機、産業機械などの成型品)までの垂直統合型の製造拠点を持っている。更に日米欧には、研究開発スタッフを常駐させ成型メーカー並びに市場からの種々の要求に対するフォロー・改善や用途開発を行っている。
これらの素材供給力と開発研究の陣容は、炭素繊維事業をグローバルワイドに展開する上での基盤となっている。
また、旺盛な需要増に対応すべく炭素繊維の生産能力5割増計画を取り進め中である。
- 炭素繊維開発の歴史、東レの炭素繊維製造プロセス、炭素繊維の物性及び比弾性率vs比強度からみた金属素材との比較、炭素繊維のグラファイト構造制御による強度・弾性率マップおよびプリプレグの積層・成型方法につき、実データをベースにした紹介があった。
特に炭素繊維の持つ強度と弾性率は、更に高められるポテンシャルを有するところから、現在も高強度化と高弾性率化のチャレンジングな研究開発が継続されている。
- 民間航空機のシェアーを2分している、ボーイングとエアバス両社のコンポジット材(複合材)の使用率の実績推移と、機種B777およびB787とA380での使用部位がイラストで紹介された。
- コンポジット化率で見ると、最新機種のB787とA380では其々50%と23%へと増加され、CFRP使用重量ではB787とA380とも同量の約35トンと推定されている。エアバス社の次期新中型機A350ではコンポジット化が更に進められようとしている。
- 航空機へのCFRPの使用率を上げるには、航空機の1次構造部材への適用が必要であった。この為には、損傷許容設計値をクリアーする事、即ち、飛行中の雹、飛び石および保守点検用工具等の衝撃によるインパクト(損傷)を受けた後でも残存圧縮強度が許容範囲内に留まり得る事が大きな課題であった。
- アルミ合金は、衝撃エネルギーに対し衝撃後残存圧縮強度の低下は少ないが、既存のCERPでは一定以上の衝突エネルギーを受けると急激に低下し、ボーイング社の要求性能を満たすことが出来なかった。これはCFRPの層間を衝撃損傷が進展する事によるものであることが解明された。
- 小田切氏らは、多くの障壁に突き当たったが、プリプレグ表層のマトリックス樹脂層(エポキシ樹脂)に高靱性を持つ熱可塑性樹脂粒子を均一に配置する東レ独自の開発技術でボーイング社の要求する損傷許容設計をブレークスルーした。この層間強化プリプレグで成型したCFRPは、高靱性粒子が衝突エネルギーを吸収する事で、層間に入る衝撃損傷の進展を防止しているのである。
- 東レのプリプレグの自動積層技術への適用例や、川崎重工、三菱重工、富士重工などのB787パートナーが適用する自動成形機による1体成形型胴体や主翼の製造の例が示され、日本の先端成形技術が紹介された。
- 完成部品を直ちに米国の組み立て工場へ空輸するボーイング社開発の部材搬送用専用機への積み込み作業の写真が紹介され、世界中に跨るB787のサプライチェーンを構成する多くのパートナーと米国組み立て工場間の搬送を速めることで、それぞれが在庫を最小限にし、B787の組み立てサイクルを速く回している事が紹介された。
- 低コスト化を狙った複合材製造技術A-VaRTM(Advanced-Vacuum assisted Resin Transfer Molding)成形法が紹介された。この成形用に作られた炭素繊維織物(Non Crimp Woven)を直接成形型内に入れプリフォームし、新たに開発された低粘度マトリックス樹脂を減圧注入、加熱硬化させるトランスファーモールディング法である。従来のプリプレグ積層複合材成形に必要なオートクレーブ(加圧・加熱炉)が不要で且つ複雑な形状品の成形が容易に出来るメリットがある。三菱リージョナルジェット(MRJ)の尾翼向けに採用されている。
- CFRPの将来展望として、自動車、自転車、エネルギー関連分野の風車、水素や天然ガス用の圧力容器、電線ケーブルコア、船舶、土木・建築、医療機器、IT関連機器、ロボット分野等への活用例の写真紹介があった。特に自動車部品の製造では、成型サイクルの短縮が必須であり、速硬化エポキシ樹脂や高速樹脂含侵技術の開発により成型サイクル時間10分までの短縮が可能となっている。
- 最後に、東レの複合材料の将来展望をまとめた写真ツリーを紹介し講演を終えた。
(文責 堤 正之)
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